イベントレポート・フェムケア塾特別一般公開「乳がんサバイバーも潤いを手に入れよう!」
「膣が乾くなんて知らなかった」「でも先生には聞きづらくて…」
フェムケアをめぐる“あたりまえじゃないリアル”を、安心して話せる場がほしい。
そんな想いでスタートした〈フェムケア塾〉。これまでメディア関係者を対象に開催してきましたが、今回、初めて一般公開しました。専門家と当事者、そして参加者同士が、ケアの知識と体験をわかち合った貴重な一夜を、ここに記録します。
乳がんとフェムケアの現在地
2025年3月25日、東京・八丁堀のサロンドイーズ銀座にて、乳がんサバイバーでありSNSで自身の体験を発信し続けるMegさんと、産婦人科医であり丸山真理子先生をゲストに迎え、「乳がんサバイバーとフェムケア」をテーマとしたトークイベントを開催しました。聞き手はフェムケアの発信を続ける北原みのり(LOVE PIECE CLUB代表)です。
Megさんは36歳で乳がん(ステージ2)と診断され、左胸を全摘後、抗がん剤治療を経て、現在は10年にわたるホルモン治療の3年目を迎えています。自身の経験をSNSで発信する中で、同じような悩みを抱える多くの乳がんサバイバーたちと出会ってきました。
イギリスで生まれ育ったMegさんは、乳がんについての意識や情報のあり方に、日本との大きな違いを感じたと語ります。
「イギリスでは、牛乳パックやシリアルの箱に『乳がん検診を受けましょう』という注意書きがあったり、学校でも乳がんや性教育について学ぶ機会が多かった。ピンクリボン運動も盛んで、日常の中で自然に“乳がん”という存在を意識する仕組みがありました」
一方で日本では、乳がんに関する情報が手に入りづらく、医療機関を受診すること自体にハードルを感じたといいます。
「いざ自分が乳がんになっても、『どこに行けばいいの?』『何を聞けばいいの?』という状態。主治医と話せる時間も限られていて、本当に必要な情報にはなかなかたどり着けませんでした。」
さらに、日本では「病院に行く」という行為そのものが重くとらえられがちで、乳がん検診の受診率も低いと指摘。イギリスのような「かかりつけ医制度」や、税金で医療費が賄われるNHS(国民保健サービス)によって、受診しやすい環境が整っているのと対照的に、日本では“困ってから初めて病院を探す”という状況が多いと語りました。
「成人」の基準は“男性”
産婦人科医の丸山先生は、女性検診の受診率の低さについて「そもそもの制度設計に女性の視点が欠けている」と語ります。日本の医療制度や検診制度は、男性が働き手として中心だった時代に作られ、その仕組みが見直されないまま50年以上続いているのだといいます。
「例えば検診の基準値も、ほとんどが“男性基準”。血圧やコレステロールの正常値も、女性にとっての正しさではないんです。ようやく“性差医療”という概念が世界的に語られるようになってきて、日本でも少しずつ話題にのぼるようになった程度。本当に“ちょっとだけ”なんです」
最近ではようやく、企業などで行われる職域検診に「更年期の問診」が追加されるようになったそうですが、それも検査ではなく“気づきを促すためのアンケート”にとどまっています。
北原さんが、「成人って一括りにされてるけど、基準になっているのは男性の体じゃないですか?」と問いかけると、会場には笑いと同意が広がります。
「大谷翔平選手と私、同じ体重の薬でいいわけない(笑)」
そんな冗談まじりの会話からも、日本の医療制度にある“見えないバイアス”が浮き彫りになります。
乳がんのようにほとんど女性が罹患する疾患でさえ、医療現場での扱いは“専門外”として切り離されがち。乳腺外科はもともと外科の一分野であり、胸を扱う医師が性の悩みやホルモンの問題について十分な知識を持っていないケースも少なくありません。
「産婦人科医は“女性の体全体を診る人”と思われがちですが、実際には“胸の質問には答えてはいけない”というルールがあった病院もあるほど。患者さんの信頼を裏切ることを避けるためとはいえ、それが“相談できる場所のなさ”につながっている現実があります」
どこに相談したらいいのか、わからない
Megさんも、自身の経験から「乳腺外科を知らなかった」と語ります。
「胸に違和感を感じたとき、まず産婦人科に電話しました。すると“うちでは診られません”って言われて、戸惑いました」
その声に、丸山先生は「実はそれが、私がこのクリニックを開業した理由でもある」と続けます。
「女性たちは仕事、家事、育児とたくさんの役割を担っていて、“自分のこと”はどうしても後回しになってしまう。乳がん検診と子宮がん検診、どちらも受けたくても別々の場所で、タイミングも違えば行く時間が取れない。それなら、ワンストップで女性検診を受けられる場所を作りたい、そう思ったんです」
がん検診を受けたいと思っても、予約の手間、場所の分散、痛みへの不安…さまざまなハードルが存在します。
さらに、女性たちは日々多くの役割をこなしており、自分の体に向き合う時間は「ようやく取れた隙間」に追いやられてしまいがち。
「乳がん検診は毎年やっているけど、子宮がん検診は受けていない」「生理周期に影響されるからタイミングが合わない」――こうした“受けられない理由”が、見えない壁となっているのです。
「それ、専門外です」と言われる痛み
北原さんが「病院に行っても、“専門外”って言われてしまうことが多い。Megさんも経験ありますか?」と尋ねると、Megさんは静かにこう答えました。
「“聞きたいことがあるんですけど…”って言おうとしたら、“はい、次”みたいに終わらされて。“それは専門外です”って言われてしまって。ああ、もうこれ以上は聞けないんだ、って思ってしまいました」
本当は、自分の体の不調や不安を、もっと自由に相談できる場所があっていい。だけど現実には、“話す隙”すら与えられない。ーーそれが、今もなお多くの女性が直面する医療の壁です。
この日のイベントのテーマは、「乳がんサバイバーも潤いを手に入れよう」。
北原さんは、「このテーマをやろうと思ったきっかけは、乳がんを経験した友人が“膣が変わった”と話してくれたことだった」と語ります。「治療の途中で膣に痛みを感じた友人が、乳腺外科の医師に相談したら、人払いされて、二人きりになったうえで“で?”と返されてしまった。恥ずかしい話じゃないのに、“言ってはいけないこと”みたいに扱われて、怖くなって話せなくなったと言っていて…」
Megさん自身も、乳がんの治療を受ける中で、膣の乾きや痒みに悩まされたと語ります。
「痒くなるから余計に乾いて…という悪循環。普通の保湿クリームを使っていいのかも分からず、主治医にも聞けない。誰に聞けばいいか分からないなか、私はたまたまイギリス時代に知っていた“YES”というブランドの商品を思い出して、ようやく使い始めました」
しかし、ほとんどの人にはそうした情報源や相談相手はなく、誰にも教えてもらえず、自分で検索してたどり着くしかないのが現状だといいます。
「私は独身で時間にも余裕があったから調べられたけど、子育てや仕事に追われている女性は、自分のことを後回しにしがち。だからこそ“自分を一番大事にして”っていう思いを込めて、発信しています」
女性たちは、ずっと我慢している
丸山先生のクリニックでは、「性の悩みも相談してね」という雰囲気を大切にしており、骨盤底筋の話や潤滑剤も積極的に紹介しています。
しかし、それでもなお、「痛みや不快感はあっても、3回目か4回目の受診でようやく打ち明けられる」女性が多いといいます。
「“パートナーとの性行為が痛いけれど、私の体はもうこうなんですよね?”って、すでに諦めたようなトーンで話される方が多い。おそらく他の病院では、相談すらできていないのが現実です」
そもそも乳腺外科の医師は“女性の体の専門家”ではなく、産婦人科医も“乳腺”に関しては専門外。
治療の過程で起こる膣の乾きやホルモンの変化について、知識を持つ医師が極めて少ないという驚きの事実が共有されました。
丸山先生は、乳がん治療に使われる抗がん剤の添付文書を調べたと語ります。
「頭痛、吐き気、脱毛といった副作用は書かれていますが、“膣の乾き”や“痒み”は一切記載されていないんです。そもそも治験の時点で質問されないから、統計として存在しない。だから医師が知らないのは当然なんです」
Megさんは、「乳がん治療で女性ホルモンを止めると、閉経と同じような状態になる」と知ったとき、自分の症状に納得がいったと話します。けれど、そのことを「誰も教えてくれなかった」という事実が重く胸に残ります。
「私の友達で、新婚で乳がんになった方がいて。“乾いて痛くて、愛し合えない”って。フランクに話せるのは海外の友達だけで、日本では“恥ずかしい”“誰にも言えない”って、声を上げられない空気があります」
Megさんの言葉に、北原さんは「それは“性”というテーマが、日本ではあまりに話しにくいものにされてきたから」と続けます。
更年期でさえ情報が乏しく、膣の乾きは“取るに足らないこと”として見過ごされがち。
でも、実際には痛みを伴い、匂いや痒みの悩み、パートナーとの関係の変化までをも引き起こします。
「膣が怪我してるような状態で放置されてるってことですよね」と北原さんが語ると、参加者たちも深くうなずいていました。
乳がん治療という大きな出来事の中で、「小さくされてしまいがち」な症状のこと。
けれどそれは、小さな悩みではなく、「生きること」と密接に結びついた、大切なケアの話でもありました。
そして、もっとも衝撃的だったのは「医師ですら、乳がん治療による“膣の乾き”を副作用として知らない」という事実。
「医者でさえ知らないなら、私たちはどうすればいいの?」
けれど同時に、今こうして「知らなかったこと」が語られ始めたこと―それこそが、フェムケアの未来を開いていく第一歩でもあります。医師も、患者も、そして社会も、女性ホルモンや副作用について学び直す必要がある。
「潤うこと」は、ただの“快適さ”ではなく、女性の心と体を守るための医療であり、文化であり、そして尊厳なのだと、あらためて気づかされるお話でした。
性教育の“敗北”と、尊厳を取り戻すということ
「性の健康」とは何か。それは単に病気を防ぐことではなく、自分の体に関する情報を知り、選択し、尊厳を持って生きていくための力でもあります。
Megさんが語ったイギリスでの性教育は、日本の現状とあまりに対照的でした。
1小学校の授業で、男子も女子も一緒にコンドームの装着を学び、生理の仕組みを動画で理解したそうです。
その“当たり前”が、日本ではまだほとんど行われていません。北原さんや丸山先生も、日本の性教育がいかに未整備かを指摘します。
「日本では、生理は女子だけの授業、夢精は男子だけの授業。お互いの体を知らないまま大人になる。コンドームの使い方を教える授業は、日本全国でたった1校しか許可されていないという現実があるんです」
性に関する情報が共有されないことで、女性たちは「避妊」や「妊娠」に関する選択から遠ざけられていきます。
「避妊は男性が決めること」「知らないから、相手に任せるしかない」「それが当たり前だと思っていた」
丸山先生は、日本の性教育が「ライツ(権利・尊厳)」の観点を持っていないことに警鐘を鳴らしました。
「知らなければ、自分の尊厳が侵害されていることにも気づけない。だからこそ、誰かが“気づき”の種をまいていかなければならない。それが私たちの役割でもあると思っています」
丸山先生自身も、医師として働く中で「教わらなかったこと」にたくさん直面してきたと言います。
妊娠・出産・避妊・堕胎に関する法律や制度の多くを、現場に出て初めて知った。
“女の人生を大きく左右する制度”について、医学生のうちには何一つ学ばないという日本の医療教育の限界を、身をもって経験してきました。
「書類を書くようになって初めて、制度のおかしさや不条理に気づく。でもそのときには、すでに誰かの命や選択が関わっているんです」そして今、開業医として患者と直接向き合う中で、「やっぱり変えていかなければ」と思うようになったと語ります。
日本には“まだ”できることがある
「日本にいない方が楽じゃないですか?」
そう北原さんが半ば冗談めかしてMegさんに問いかけると、Megさんは笑いながらこう答えました。
「イギリスなら、もうほっといてもなんとかなる。でも、私は日本人ですし、日本が好きです。だから“日本まだまだやれるよ!”って信じてるんです」
SNSを通じて発信を続ける理由は、「誰にも聞けない」「これが治療の副作用だと知らなかった」という女性たちに、少しでも届くようにという願いから。
「それを知ることは、自分のせいじゃないって気づけること。だから、“おかしいことじゃないよ”“自分を責めないで”って伝えたい」
「性のことを発信すると、コメント欄は静か。でも、DMは毎回たくさん届くんです」
MegさんがTikTokやInstagramで性の話、膣のケアについて発信しても、表立った反応はほとんどない。けれど、「誰にも言えなかった」悩みを打ち明けてくるDMやメールが後を絶たないといいます。
「周りには知られたくないからDMで失礼します」そんなふうに始まるメッセージの中には、乳がんの副作用である膣の乾きに気づいた人、15歳でフェムケアに興味を持った人、「YESって生理中でも使っていいですか?」という素朴な質問をする人ーー声にならなかった声が、確かにそこにあることを、Megさんは発信を通して知ってきました。
「今がベスト」ではない未来も、想像して
「顔のスキンケアは10代から始めるのに、膣や骨盤底のケアはほとんどの人が知らない。でも女性の体のピークは25歳。そこから女性ホルモンは下がる一方です」丸山先生は語ります。だからこそ、変化していく体に合わせたケアが必要であること。
そして、「今困っていないから必要ない」のではなく、「いずれ来る変化に備えるケア」が大切であると、静かに力強く訴えました。
「脱毛する」「陰唇の形を整える」ーーそうした選択ももちろん自由だけれど、「女性器の形は年齢と共に変化する」ことを知らないまま、あとで「やらなきゃよかった」と思う人もいる。
だから、“今の美しさ”だけでなく、“未来の変化”を見越したケア”をしてほしい。それが、自分の性の選択に対する後悔を減らすことにもつながるのだと、先生は語ります。
「患者さんに教えてもらって、自分も学び続けてきた」と言う丸山先生。
フェムケア製品を知ったのも、「患者さんに“どうしたらいい?”と聞かれたとき、自分がちゃんと答えられるようになりたかったから」。
年齢を重ねれば、体は変わっていきます。ホルモンが減れば、乾きも、痒みも、匂いも、痛みも出る。
でもそれは、「恥ずかしいこと」ではなく「当たり前に起きること」。
そして、それに対して「ケアすること」は、自分の体を大切にするという当たり前の行為であることなのです。
「潤すこと」は、自分を守ること
「ニオイくらいなら」「困ってないし、いいかな」
北原さんは、フェムケアを必要としていないと思っている人にケアの大切さを伝える難しさを語ります。
「ヨガでかがんで顔が近づかない限り、自分でも気づかない(笑)。だから、“なんでフェムケアが必要なの?”って聞かれたときの答えがすごく大事なんだと思います」
イギリスで育ったMegさんにとって、「性器が乾いたら潤す」は当たり前の教育として授業で学んだことでした。
模型や動画を使い、「濡れないときはローションを使う」ということを、男子も女子も一緒に習う。それが「性教育」だったといいます。北原さんも、海外での経験を思い出します。
「セーファーセックスというカテゴリーの中に、コンドームと並んで“ローション”があったのを見て驚きました。“乾いてると怪我をする”って前提があるから、潤すことが“安全”に直結してる。これは性の話でもあるけど、体の安全の話でもある」
27年前、12歳のMegさんが授業で受けたフェムケアの知識。それが2025年の日本には、いまだに届いていないという現実に、会場からはため息が漏れました。
丸山先生は、「日本では、挿入について話してはいけないのが“性教育”」と嘆きます。
「赤ちゃんはいつの間にかできて、感染症は気をつけましょう。その“間”がすっぽり抜けている。でも、その“間”こそが大事。濡れなければ怪我をする。傷つく。だから潤す。そのための知識も手段も、ちゃんと伝えなければいけないと思います」
「セックスしてないから必要ない」という声も聞かれる中で、丸山先生はフェムケアは“誰にでも必要”なケアだと強調します。
「年齢を重ねれば、誰でも“ふかふかだった場所”が“ぺたん”となって、乾いてきます。ひどいと下着がこすれるだけでも痛かったり、自転車に乗れなくなったり、椅子に長く座るのがつらくなったり。だけど、それは予防できることなんです」
けれど、多くの女性は「乾いていること」にも気づいていない。
そして、骨盤が緩んで子宮が下がってきたとき、ようやく気づく――それが現実だといいます。
「誰も教えてくれないから、“大変なことが起きている”ってことすら知らない。だからこそ、もっともっと伝えていきたい」
無視されてきた「膣」
「日本では、病気になってから医療にアクセスするのは早い。でも“未病”や“予防”にお金をかける文化は、まだ根付いていない」丸山先生は、日本の医療の現状についてそう語ります。
本当に困った状態になってから駆け込んでくる―我慢に我慢を重ね、ようやく病院の扉を叩く――
そうしたケースが、日本人の女性たちにはとても多いといいます。
一方で、外国からの患者は「ヘルスケアを知りたい」「今のうちに対処したい」と、予防や情報収集の意識が高い。その違いに、文化的な背景がにじみ出ています。
北原さんが紹介したのは、フェムケアブランド「YES」の誕生のエピソード。
もともとバイアグラの開発に関わっていた女性科学者たちが、「女性の膣には、安全で、ホルモンに影響しない成分のものを届けたい」と立ち上げたブランド。
「“グリセリンはカンジダを増やすから入れません”と明言していて、すごく衝撃を受けたんです。今思えば当たり前だけど、膣ってそれくらい吸収率が高い場所。でも、そんな大事な部分が、医療でも無視されてきたことに気づかされたんです」
YESの製品には、ホルモンに影響する成分、アレルゲンとなる成分、余計な香料などが一切含まれていません。とくに乳がん治療中の女性にとっては、「安心して使えるかどうか」が何よりも重要。
「膣は、何を入れるかで体が左右される。だから“何を使うか”は、単なる好みじゃなくて、健康の問題なんです」
ここで話題は、あらためて医療教育の現場へと向かいます。丸山先生の言葉に、参加者は驚きを隠せませんでした。
「医学生が“膣”という言葉を書く機会は、ほとんどありません。そもそも“健康な膣とは何か”なんて、誰も教えてくれない。病気については学ぶけれど、“ノーマルな膣”については、学ばないんです」
膣の形や構造、ひだのあり方、浸透圧、経皮吸収――
そうした基本的な情報ですら、産婦人科を専門としない限り学ぶ機会は少ない。
「女性であっても、自分の体のことを知らない。男性にとっても、“パートナーの体の一部”としての知識はあっても、“医学的な理解”はない。これは、教育の空白が生み出した構造的な無知だと思います」
北原さんも、「フェムケアをずっと扱ってきたけれど、膣について本気で考えたのはこの10年」と振り返ります。
「膣の浸透圧のことも、経皮吸収率が腕の43倍だってことも、最近になってようやく知った。知らなかった、でも実は“知らないこと”が、リスクになっている。そんなことがたくさんありますよね」
それに対し、Megさんは「さすがにそれはイギリスでも習ってない(笑)」と笑顔を見せましたが、
一方で「少なくとも“膣が乾いたら潤す”“ローションを使うのは当たり前”という文化はあった」とあらためて強調しました。
「膣語り」から、はじめよう
「これはYESの“VM(vagina moisture)”という商品です。膣の浸透圧を計算して、乾いているところにだけゆっくり保湿が届くように作られているんですよ」北原さんが熱を込めて語ると、Megさんは小さく笑って、「膣のためにありがとうって感じです」と返しました。
「こんなに科学的に、“膣のためだけに”考えられている製品って、ほんとに他にないんですよね」
丸山先生も、「グリセリンが膣に悪い」ことを知ったときの衝撃を語ります。
「産婦人科医の教科書に、グリセリン入りの商品が“推奨”されていたんです。若い医師はガイドラインを疑わずに従いますから、気づかないまま、患者さんに“あまりよくないもの”を出してしまうこともあるんですよね。自分もそうしていたと思うと、驚きました」
「医師が全部知ってるわけじゃない」「知らないことだって、もちろんある」
そう語る丸山先生の言葉には、医師としての誠実さと、患者への信頼の両方が込められていました。
「Megさんのように、近くに相談できる人がいて、自分でも調べられる環境があったのは本当に幸運。でも、そうじゃない人もたくさんいるからこそ、こうして発信してくれることがとても大きな意味を持つんです」
北原さんも、「私たちは、つい膣や子宮を“誰かのため”と考えがち」と続けます。
「子宮は“未来の子どものため”、膣は“セックスのため”って。でも本当は、“私自身の一部”で、“私が大切にしていいもの”なんですよね」
この日のイベントのタイトルを考えるとき、3人は「膣カフェ」にしようかと悩んだといいます。
「でも、“膣”ってタイトルにつけたら誰も来ないかもしれないって(笑)」
けれど、実際にこうして“膣について話す時間”を持ってみると、その必要性がぐっと浮かび上がってきます。
「かゆいだけで、一日が台無しになることだってある」「乾きや痛みがつらくても、誰にも言えない」「医師にすら“そんなこと”って思われそうで、口にできない」
そんな思いを抱えた人たちのために、“膣のことを話せる場所”をつくることの大切さが、改めて共有されていきました。
私の胸に、私が触れる
イベントも終盤に差しかかり、北原さんが会場に呼びかけます。
「せっかく今日は産婦人科医の丸山先生、そしてMegさんが来てくれているので、皆さんからもぜひ聞いてみたいことがあれば…」
そんな問いかけに、ひとりの参加者が口を開きました。
「乳がんって、9人に1人がかかるって言われてるけど、みんな“自分は残りの8人だ”って思ってますよね。でも、Megさんは30代でステージ2って診断されたって聞いて。どうやって気づいたんですか?」
Megさんは静かに、自分の経験を話し始めました。
「最初は乳頭にしこりを見つけたんです。でも“自分が乳がんになるなんて”って思ってたから、1ヶ月くらい放置しちゃった。それが痛くなってきて、“これは調べたほうがいいかも”と」
産婦人科に電話したものの、「うちではわかりません」と言われてしまい、神奈川県の医療ホットラインに電話。そこから近くの乳腺外科を紹介され、受診につながったと言います。
「マンモグラフィとエコーで“乳がんだね”って言われて。最初はステージ1って聞いてたんですけど、大きな病院で改めて検査したらステージ2bでした。しこりが2cm以上だったから。場所も乳頭のすぐ下で、再発のリスクがもあるってことで全摘になりました」
参加者から「セルフチェックはしていたのですか?」という質問に、Megさんはうなずきます。
「してました。イギリスでは、病院の待合室とかに“セルフチェックをしましょう”っていうポスターがあって。自然と、毎日お風呂で体を洗うときに触るようになっていたんです。でも、していても気づけなかった。場所がわかりづらかったし、“まさか”と思って見過ごしちゃった」
その言葉に、会場全体が静かに聞き入ります。
「だから、セルフチェックを“知らない人”“してない人”は、もっと見逃しやすいんじゃないかな。
小学校の頃から、胸を触ることが“悪いことじゃない”って教えてあげたい」
丸山先生は、「ようやく最近、自治体の検診案内にセルフチェックが載るようになってきた」と話します。
しかし、20代・30代の若年層での乳がんも増えている中、もっと早く知る機会が必要だと。
「ブレストアウェアネス――胸に意識を向ける、という考え方を広めようと、医師たちも頑張ってるんです。でも“検診の世代”になる前に知ってほしい。どうしたら、みんなやってくれるんだろう?」
その問いに、質問者の方が答えます。
「“セルフチェック”って意気込むと難しい。でも、毎日ボディクリームを塗る時とか、下着をつける時とか、“いつもの行動”の中でなんとなく触れるようにすると、続けやすいかもしれません。習慣の中に入れてしまえば、ハードルが下がる気がします」
会場全体が、深くうなずきました。
「“ちゃんとやらなきゃ”じゃなくて、“なんとなく、いつもの日常の中で”―その考え方があれば、自分の体に触れることが自然になっていきますよね」
胸は「命」だけじゃなく、「感情」も宿る場所
丸山先生が語ったのは、「乳がんセルフチェックを推奨すること」そのものが、実は産婦人科医の中でも少数派であるという現実でした。
「私は“女性のかかりつけ医”でありたいから、1日に何十人にも『セルフチェックしてね』って伝えています。でも、それを“産婦人科で言ってくれる医師”って、まだ少ないんです」
北原さんも、「乳腺外科なんて普段行かないし、そもそも胸を自分で触って何がわかるのかも知らない」と率直に語ります。
「マンモグラフィとエコー、どっちを受ければいいの?」という問いに対して、丸山先生は胸の構造や年齢に応じて最適な検査方法が異なることを説明。しかし――
「検診の読影では、実はその人の“乳腺のタイプ”を医師は把握しています。でも、それを“本人に伝えない”というルールなんです。理由は、“不安を与えてはいけないから”」
この説明に、北原さんとMegさんの驚きの声が重なります。
「知らないまま、最適な検査方法を選べない」「自分の体のことなのに、知る権利がないなんて…」
丸山先生は続けます。「実は乳がんって、命には関わりにくいがんなんです。早期に見つかれば、ほとんどの人が生き延びられる。でも、胸を失うことは“ただの手術”ではありません」
そしてMegさんが語ってくれたのは、胸を全摘する手術前夜のこと。
「検温が終わった病室で、“明日には胸がなくなるんだ”って思ったら、急に涙が止まらなくなって。気づいたら、2時間も看護師さんの前で泣いてました。」そして、翌朝、手術台の上で麻酔を入れられる直前、心の奥から「やっぱり取りたくない」という思いがあふれてきた、といいます。
「でも、気づいたら麻酔が効いてて、目が覚めたときにはもう胸はなくて。“あ、ない”って、静かに思いました」
今は「なくても生きていける。1個くらい、あげるよ」って笑えるようになった。けれどそこに至るまでは、術後3年という時間がかかったとMegさんは振り返ります。
「右にはまだ胸があるから、ふとしたときに“違い”を感じる。シリコンパッドを入れていても、鏡を見るたびに、傷を見るたびに“ああ”って思うことはある。でも、あのとき“生きるため”に自分で決めたことだから。前を向いて生きようと、自分で決めたんです」
丸山先生も、医師の立場から「制度としては“2年に1回”で十分という判断があるが、それでも“もっと早く見つけたかった”という患者さんの声がある」と語ります。
北原さんも、乳がんという言葉の重さについて触れました。
「“乳がん”って聞くだけで“死”だと感じて、検診に行けない人が本当に多い。でも、Megさんのように“乳がんになってからの暮らし”を知っていたら、判断の仕方が変わる。間違った恐れを抱かずに、備えることができるはず」
「治療が終わってからの生活――その情報が欲しかった。だから私は、今それをSNSで発信してるんです」
Megさんのその言葉に、北原さんも丸山先生も、心からの感謝の言葉を返しました。
「すごく大事なことを、話してくださってありがとう」
「検診が怖い」を超えていくには
質疑応答の時間は続き、今度は別の参加者が手を挙げました。
「すごく初歩的なことかもしれないんですが…。私、乳がん検診を受けた記憶がないんです。そもそも胸が小さい人って、マンモグラフィで挟めるんでしょうか?触っても分からないんじゃないかとか…。どうやったら自分の異変に気づけるのか、ちゃんと考えたいと思って…」
その率直な問いに、丸山先生が答えます。
「小さくても挟めます!ただ…痛いです。大きい人も痛い、小さい人も痛い(笑)でも、小さい胸の方が乳腺が薄くて見つけやすいことも多いんです」
また、どうしてもマンモグラフィが怖い・辛いという人には、MRI検診という選択肢もあるとのこと。自費診療になりますが、挟まれることもなく寝ているだけで検査ができるため、恐怖心が強い方には有効です。
北原さんが「初めてマンモを受けた時、もっと痛いと思っていたけど意外と平気だった」と話すと、丸山先生は「痛みの感じ方」の不思議を説明しました。
「本当の“物理的な痛み”って、実は感じている中の1~2割程度。残りは、脳が“これ痛いかも”と勝手に増幅している。だから、緊張しすぎたり不安すぎたりすることで、余計に痛く感じてしまうんです」
つまり、痛みに対して過度な恐れやストレスを感じると、身体が過敏に反応してしまう。逆に、リラックスして受けられる環境や雰囲気があれば、痛みをやわらげることもできるのです。
北原さんが「マンモグラフィも上手な人っているのかな?」と尋ねると、先生は「います」と即答。
「写真を撮ってくれる技師さんのトークや雰囲気、手の動きもすごく大事。無言でパキパキ進められると、緊張してしまうこともある」
別の参加者も、自分が通っているクリニックではアートセラピーを取り入れていて、待合室で心が緩む工夫がされていると話しました。
「“どこで受けるか”“誰に当たるか”はすごく大事なんだと、今日気づきました」
話の最後に、その参加者はこう続けました。
「今日、自分が乳がん検診を受けたことがないことに気づきました。日本は40歳から検診が始まるって聞いて、“あ、だから自分はまだだったのか”と…。でも、それって周りも同じじゃないかと思って。今日の話を、ぜひ誰かに伝えたいと思いました」
それを聞いて、丸山先生が柔らかく笑って言いました。
「じゃあ、みんなで乳がん検診に行きましょう!」
会場には、思わず笑いと拍手が起こりました。
声を届けるために―「患者の工夫」と「医療の変化」
3人目の参加者が、穏やかな口調で語り始めました。
「私も乳がんを経験しました。2020年、ちょうどコロナ禍で――。“乳がんです。来週から抗がん剤です”って言われて、“え~!”ってなって。情報も人とのつながりもなく、ただ病院に行くだけの毎日でした」
治療の最中、誰にも会えず、話す場所もなかった日々。それでも、その方が救われたのは、ひとつの病院に多科が集う女性専門クリニックでした。
「その病院は、婦人科も皮膚科も乳腺外科もあって、大ボスが精神科医の先生。“ただ来てくれたらいい。あとは私たちが全部やるから、何も考えないで”って言ってもらえて、そこに丸ごと預けられたのが本当にありがたかった」
その体験に、北原さんも「そんな病院があるんですね…」と驚き、丸山先生も「少しずつですが、そうした総合的な女性医療を提供する施設が増えてきています」と応じました。
さらに別の参加者からは、国立で設立された「女性の健康総合センター」への期待も寄せられます。
これからは「性差医療」や「個別医療」の時代へと歩み出せるか。課題もある中で、医師たち自身も「横のつながりを強めたい」と奮闘している現実も語られました。
話題は再びMegさんへ。彼女も、治療中に「これは言っていいのかな?」と迷ったことが何度もあったといいます。
「携帯のメモ帳に全部書いて、診察室で先生に見せたこともありました。それでも、“言いたいことが言えない”ってことが多くて…。なんだか、座った瞬間に、言葉が出てこないんです」
そんな時、SNSのフォロワーから勧められたのが「手紙を書くこと」。
「“冷静に、丁寧に伝えるには手紙がいいよ”って言われて、書いてみたんです。そうしたら、次から主治医が気にかけてくれるようになって。私自身も、だんだん言いやすくなっていきました」
丸山先生は、「患者の側が手紙やメモで工夫してくださることは本当にありがたい。でも、本当は医療者側が変わらないといけないんです」と力を込めます。
さらに北原さんは、乳腺外科医が男性である場合の「関係性のむずかしさ」についても言及。
「“先生に何も言えない”“自分の気持ちが小さくなる”って人、すごく多いです。でも、手紙を書いてみたり、“私はこうしたい”ってちゃんと伝えること。それが“医療との対話”なんですよね」
医療の「健康観」は、意外と“低い”?
4人目の参加者は、スポーツクラブでアロマテラピストとして働いている女性。
仕事上、全身を触るため、乳がん手術後の方のケアにあたることもあるといいます。そんな中で耳にしたのが、「プロペト(白色ワセリン)」が処方されているという事実でした。
「このYESを紹介しても、“プロペトで間に合ってるから”と言われることがあって…。どちらがいいんでしょうか?」
丸山先生の答えは明確でした。
「私はプロペトは処方しません。純度が低く、工業品に近いものを“デリケートゾーンに使う”のは適切とは思えません」
患者の経済状況により安価な選択肢を提示することはあるそうですが、「膣という繊細な部位に塗るには不向き」との判断。
「塗った瞬間はベトベトして“保湿された”気になりますが、根本的に整っているわけではありません」と続けます。
この話題から、丸山先生は医療の根本的な前提にも触れます。
「医者は“マイナスをゼロに戻すこと”を健康だと教わります。でも、皆さんが求めている健康って、“ゼロより上”の状態ですよね?」患者が医師に対して「私はもっと快適に過ごしたい」とはっきり伝えないと、求めるケアは得られない現実がある――。
このズレは、多くの来場者の共感を呼んでいました。
さらに話題は、乳がん検診にまつわる「クーパー靭帯がマンモグラフィで切れる」という噂へ。
「都市伝説じゃないんです。実際に切れます。」と、丸山先生は断言します。
胸を持ち上げる靭帯であるクーパー靭帯は、強い圧迫やジャンプでも傷むことがあるとのこと。
マンモグラフィの実施にはメリットも多い一方で、「タイミングや身体の状態によっては慎重になるべき」との指摘がありました。代替手段としてはエコー検査、さらにMRIによる検診が紹介され、「費用はかかるけれども、身体への負担が少ない選択肢もある」とのアドバイスが添えられました。
マンモグラフィについて、さらに丸山先生はこう語ります。
「授乳中や、胸がパンっと張っている20代の方などには、マンモグラフィは慎重に。ジャンプしただけでもクーパー靭帯は切れることがあります。だからスポーツブラは必須です」と先生。
「もう伸びてるし…」と、思わず漏れた北原さんのつぶやきに、
「諦めないで!」と先生から即座のツッコミ。
「でも伸びたものは縮まないですよね?」
無言でうなずく先生に、笑いが広がりました。
「知ること」から始まる、ケアとつながりの輪
子宮がんの全摘手術を控えた参加者が、治療や手術の不安とともに、「術後のセックス」「傷跡のある体を受け入れてもらえるのか」「膣の乾き」など、人にはなかなか話せない心配を勇気を出して話してくれました。
それに応えたのは、同じく治療を経験したMegさん。自身も治療中には知らなかった情報を、彼女が治療前に知ることができたことの大きさを強調し、「頑張れとは言わないけれど、自分のペースで」と、温かい言葉をかけました。
丸山先生も、「治療前にこうした情報を得られたのは本当に素晴らしいこと」と応じ、参加者一人に届いたことで、この場が大きな意味を持ったと話します。
別の参加者からは「子宮体がんは見つかった時点で全摘が標準治療だと誰も教えてくれなかった」という声も。治療の選択肢が事実上ひとつしかないのに、それが共有されないという現状への疑問が共有されました。
これに対し、丸山先生は「日本の医療制度は“みんなで70点を取る”仕組み。よりよい治療があっても、制度の中では伝えられないことが多い」と説明。その上で、「もっとこういう方法があれば知りたい」「紹介してもらえますか」と、患者側から声をあげることの重要性を語りました。
医療の場では、“教えてもらう”だけではなく、自分から“尋ねる力”も大切。治療や選択に迷うとき、そのひとつひとつを“自分の体のこと”として選び取っていくために、こうした対話の場が必要なのだと感じさせられる時間でした。
イベントの終盤には、中高生の娘をもつ参加者から「性教育の話がとても心に残った」との感想が寄せられました。コンドームの装着方法などを含め、もっと深い話を家庭の中でもしていこうと決意を語るその姿に、丸山先生は「親だけで抱え込まなくて大丈夫。助産師さんやユースクリニックなど、信頼できる場所を活用してほしい」とあたたかく応じました。
こうして参加者の声が会場を優しく包むなか、イベントは締めくくりへ。
丸山先生は、「骨盤底筋から始めた活動が、今では“フェムケア塾”という形になり、今日のような対話の場につながった」と語り、「この輪が少しずつ広がって、社会を動かすうねりになれば」と力強く呼びかけました。
そして、Megさんからは、「乳がんでも笑顔で生きていける」という想いと、経験を発信することへの真摯な姿勢が語られました。治療中の苦しみ、情報のなさ、でも一歩踏み出せば誰かが応えてくれる――そんな経験を元に、今は自らが「届ける側」に立ち続けていることへの覚悟がにじむ言葉でした。
「ひとりじゃない」——そんな確かな想いが、会場全体に静かに広がっていくような時間でした。
声にしたからこそ、届いた言葉があり、支え合いの輪が生まれた夜。そのあたたかな余韻とともに、イベントは静かに幕を下ろしました。